ゼロの口が開いては閉じる、を何度も繰り返す。口を開けば卑猥な言葉を羅列することで敬遠されている同僚が、言いよどんでいる。付き合いは長いが、かつてこのような姿を見たことはない。
 は怪訝に眉をひそめるが、やがては心配になって眉尻を下げた。

「ゼロ、大丈夫? 頭でもぶつけたの?」
「……」

 ゼロが苦々しい顔をして、頭へ伸ばしたの手を乱暴ともいえる仕草で払った。は少しの痛みを残した手を胸へ抱く。ゼロが違う、と言うように首を横に振った。そして、はあとこれ見よがしに大きなため息を吐かれる。髪をかき上げるゼロには、いつもの余裕ぶった雰囲気がない。
 は戸惑いをもってゼロを見つめる。

「ゼロ……ほんとうにどうしたの?」

 の探るような視線から逃れるように、ゼロが顔を背けた。
 苛立たしげな様子を少しも隠さぬまま、ゼロがの腕を掴んだ。「えっ」唐突な行為に、は戸惑いの声を上げるが、構うこともなくゼロがスタスタと歩き出すので引きずられるようにしてついていくほかない。
 チラチラと向けられる周囲の好奇の視線もものともせず、黙々と歩くゼロの背を見つめながらは不安を募らせる。

「ゼロ……?」

 の声に反応して、ゼロが一瞬だけ視線を向けた。冷ややかな瞳には口を噤む。



 ばん、とけたたましい音が鳴るほど荒々しく扉が閉められ、は反射的に身を竦めた。ここがゼロの部屋だと理解するより早く、彼の手がの腕をひねり上げて、扉に押し付けた。「痛っ」は背と頭をしたたかに打ちつけて、目を瞑る。
 抗議しようと口を開くが、言葉が出ない。眼前に広がるゼロの顔の近さと、唇のやわらかな感触に、は一拍遅れていまの状況を理解した。

「な……っ、ん!?」

 抵抗しようと試みるが、きつく腕を押さえつけられて、は顔を歪める。声を上げた隙にゼロの舌が口腔内に素早く入り込んだ。まるで別の生き物のようにゼロの舌がうごめいて、は言い知れぬ感覚に背筋を震わせる。
 ちゅっちゅ、と唇が吸いついては離れ、湿った音を立てる。
 次第に頭に靄がかかるような感覚に襲われる。身体から力が抜けて、は思わずゼロに体重を預ける。ゼロの片脚が股を割っていなければ、ずるずると崩れ落ちていたかもしれない。

 腕を掴んでいたゼロの手が離れ、服を肌蹴ても、は反応することができなかった。「っひ……」ゼロの爪が柔らかな乳房に食い込んで、痛みと恐怖がを襲う。

「やだ……!」

 じわ、と目尻に涙がにじむ。
 ゼロの唇が耳に寄せられる。言葉はないが、触れた唇が、と動くのがわかった。熱っぽい吐息が耳穴に吹き込まれてぞわりと背筋が震えた。乳房に赤く残る爪痕を、つけた張本人の指先がやさしく撫ぜる。

「……ゼロ、」

 ぴくりとゼロの身体が反応するが、一瞥をくれただけだ。するりと首裏にゼロの手のひらが差し込まれ、うなじを撫でる。「ふ…」はせり上がる声を抑えようと唇を噛み締めた。

 対して、ゼロが変わらずに沈黙を保つ。
 不安だった。はぎゅう、とゼロの外套を握りしめた。
 胸元に置かれたままだった手が動いて、形をなぞるように指先が乳房に触れる。焦れったいほどやさしいタッチだ。

「ん……っ」

 ぴちゃ。
 耳穴に舌がねじ込まれる。ぞくぞくと走る感覚に、は身体を震わせた。

「あっ、は……やぁ、んん……!」

 つつつ、とゼロの指先が背中を伝う。ふいに吐息が吹き込まれ、はぐっと背を反らした。

「あぅ、んっ……」

 同時に、いきなり乳首を摘まれ、強い刺激がを襲った。ひっ、と引きつった声が喉の奥から漏れた。捏ねるように指先で乳首を潰されて、は思わず身をよじる。

「い、やあ…!」

 ふうっと耳に息を吹きかけられ、きつく目を瞑る。ぽろり、と目尻から涙が伝い落ちた。
 ゼロの手が、ぴくりと不自然に跳ねる。

──……」

 もどかしげに動くゼロの唇からは、吐息が漏れるだけだ。「ゼロ……?」いまだ耳元に唇を寄せたゼロの顔を覗き込もうと、は身をよじった。しかし、耳朶を食まれて、顔を見ることは叶わないままふにゃりと力が抜ける。

「ん、あう……っ」

 耳の形を確かめるように、舌が這い回って、いたずらに軽く歯を立てる。「やっ、あっ、あ!」びくびくと身体が震えて、唇を噛みしめようにも嬌声が跳ねるように漏れる。
 ちゅっ、と音を立てながら、ゼロの唇が首筋を辿っていく。鎖骨に沿って舌が這う。
 ふいに鋭い痛みが走り、ゼロがキスマークをつけたのがわかった。唇が離れては吸いついて、紅潮した肌に赤い痕が散る。

「やめ、て」

 ゼロが顔を上げた。
 にや、と唇を歪めて、ゼロが見せつけるようにゆっくりと舌先を覗かせる。ぷくりと立ち上がった乳首に唾液が垂れる。大きく開いた唇が乳輪ごと乳首を含んでしまう。視覚的にひどく刺激的で、は慌てて視線を逸らした。ゼロの口腔内は熱く、ねとりと舌が絡んでくる。
 ゼロの手が遠慮なくスカートの中へ入ってくる。は反射的にその腕を掴んだが、ほとんど力は入っておらず、制止する意味をなさなかった。

「っア、ん!」

 すこしの躊躇いもなく、下着の中心に触れられ、はひと際甲高い声を上げた。

「っく、ん、っは……あ、あっ……ふ、んん」

 上下に何度かなぞるように動いた指は、わずかばかりに下着をずらして、くちゅりという音とともに秘部へと沈んだ。の意思など関係なく、まるで待ちわびたように膣壁が蠢いた。

「っ……!」

 だめだと思うのに、ゼロの手を止められない。
 すでに身体に力は入っていなかった。がくりと揺れるの身体を、ゼロの手がくるりと反転させた。「えっ」ぐい、と腰を掴まれると同時に、指が二本に増えて侵入してくる。

 バラバラに動く長い指が、の反応を見ながら的確に弱いところを責め立てる。トロトロになっていくそこと同じように、思考が溶けていく。

「っはあ、や、あッ……んんん!」

 巧みな指使いに呆気なく達して、膣内が二本の指をぎゅうぎゅうと締めつける。一拍置いて崩れたの身体を追って、ゼロが膝をついた。


「あ……」

 身体を強張らせる間もなく、秘部に宛がわれたゼロ自身が押し入ってくる。ゆっくりとした動きだがスムーズに、それはの最奥まで届いた。まだ達した余韻を残した秘部がひくひくと震える。
 苦しい。けれど、それ以上に気持ちいい。

「……っ」

 は小さく息を吐く。いまだ、この状況をどう受け止めたらいいのかわからない。

「ゼロ……」

 答える声はない。ゼロの顔が肩口に埋められ、耳から頬にかけて銀灰色の髪の毛が触れる。顔が見えなくてかえってよかったかもしれない。
 ──泣き顔を見られなくて済む。

 はあ、と吐き出されたゼロの吐息が肌に触れて、それだけでぞくりとした快感が背筋を駆け上る。ちゅ、と唇が肌に吸い付いた。それを合図にしたように、ぴたりと密着するだけだった身体が、律動を始める。「っぁ、ア……!」の口から漏れる嬌声は、もはや堪えることはおろかボリュームのコントロールさえ難しい。
 ゼロの動きは激しいが、確実にいいところを探り当ててくる。

 は決して経験豊富ではない。勝手にゼロの過去を想像しては、勝手に傷ついている自分が、愚かだ。

「っやあ! あッ、ゼロ、っん! ああっ!」

 の身体を支えるのは、ゼロの腰を掴む手だけだ。揺さぶられる身体は人形のようだった。がり、と爪が床を引っ掻く。
 目の奥がチカチカと光るような感覚がして、はあっという間に達した。ぴん、と四肢が突っ張る。
 荒い呼吸を整える暇もなく、ゼロが責め立ててくる。

「あああッ、いや、ゼロ、まってぇ……!」

 びくびくと震える身体を押さえ付けられて、遠慮なく奥まで突かれる。押しつぶされた乳房が床と擦れて、痛みと快楽を与えてくる。強すぎる刺激にの口からは、ひっきりなしに嬌声が漏れる。ふいに、ゼロの長い指が口の中に侵入した。だらしなく口角から唾液が伝い落ちていく。

「っふ、ん、ぅん……っ!」

 ゼロの熱っぽい吐息を耳元で感じながら、は再び達した。ひくひくと震える膣内から男根が引き抜かれたその刺激にすら、声が漏れた。

 いつの間にか、髪飾りがずれ落ちていたことに気がつく。
 涙と汗と涎でぐちゃぐちゃになった顔を上げることができないまま、はゼロの気配を背後で感じる。

「ゼロ! いるんでしょう、開けなさい!」

 ドンドンと荒々しく扉が叩かれ、はびくりと肩を震わせる。立ち上がろうとしても、上手く力が入らない。浅黒い手が伸びて、の身体を持ち上げた。「あ……」随分と掠れた声が出た。
 の身体をベッドに放ったゼロが、扉を開ける。ニュクスが仁王立ちしているのが彼の肩越しに見えた。

「大体想像はつくけど、彼女になにをしたの」
「……」
「もう話せるはずよ。ちゃんと説明してちょうだい」

 ゼロがちらりとこちらを見るので、は慌ててシーツをかぶった。

「言葉が出ない鬱憤を、彼女で晴らしたわけじゃないでしょうね」
「それは違う」

 間髪入れずに答えたゼロの声音は硬い。はあ、とニュクスが深いため息を吐いた。
 情事の跡が色濃く残る室内をニュクスのような幼子に見せてしまうのは忍びない気がするが、ニュクスのあまりの落ち着きように、むしろのほうが戸惑い混乱を覚えているようだった。

 見た目は小さな子どもだが、その雰囲気は外見にそぐわない。一回りは年上に見えるゼロを相手にしても、物怖じしないどころか軽くあしらう様子である。は二人の関係性をよく知らず、不思議に思いながらそっと窺い見る。

「これは俺との問題だ。悪いがニュクス、帰ってくれ」

 ゼロの手が、ニュクスの小さな背を押しやる。「ゼロ、あなた後で覚えておきなさいよ」扉が閉まる直前、呪詛のような恐ろしさをもって彼女の子どもらしい甲高い声が告げた。


 頑なに掴んでいたシーツを無理やりはがされる。それでも、はゼロの顔を見ることができなくて、顔を俯かせる。

 レオンの臣下という同じ立場──ゼロとの関係が、わからなくなる。
 卑猥な言葉を並べ立てて、ちょっかいを出してくることはあった。けれど、それは冗談の範囲を超えたことは、いままで一度だってない。「」やはり硬い声音のまま名を呼んで、ゼロの浅黒い指先が顎を掬い上げた。

「っ」

 どんな顔をしたらいいのかわからなかった。怒ればいいのか、泣けばいいのか、呆れるべきなのか。
 色んな感情がごちゃ混ぜになって、思考がまとまらない。隻眼と視線が絡む。

「すまん」

 素直に頭を下げられて、言葉が出なかった。普段は見ることのできないゼロの頭頂部をただただ見つめる。

「……わたしは、あなたを許せばいいの?」
、」
「気にしないでって、そう言えばいい? それで、もとに戻れるの?」

 ぽろ、と涙が溢れて落ちる。ゼロの指先がやけに不器用な仕草でそれを拭った。

「あなたのこと、よく知ってるつもりだった。だって、ずっと一緒にレオン様に仕えてきたから」

 はゼロの手を払って、視線を落とした。言葉がないとこんなにも不安になってしまうものなのだろうか。「でも」と続けた声は、細かく震えていた。

「ゼロがなに考えているのか、わからない。全然、わかんないよ。わたし、ゼロのこと──

 信じていたのに?
 好きだったのに?
 その先に続く言葉が、自身わからなかった。ふわ、とゼロの腕がやさしくを包んだ。「いじらしくて、いやらしい」と、低い声が吐息とともに耳穴に吹き込まれる。熱なんてとっくに冷めているはずなのに、ぞわりと官能が広がっていく。

「言葉を奪われて初めて、俺はお前にナニも言っていないことを後悔した」
「な、に……」

 すっ、とごく自然な動作で、ゼロの手のひらが胸元を撫でた。「ここがぺったんこだった頃から、」思わず、反射的に手を振りかぶっていたが、ゼロが素早く指を絡めとる。

「お前が好きだ」

 軽口を叩いたくせに、やけに真面目な顔をしてゼロが告げる。

「もとの関係に戻るなんて、俺はさらさらごめんだね」

 真摯な眼差しをしたまま、ゼロがわずかに口角を上げた。は言葉を封じられたわけでもないのに、答えることができなかった。

、俺の熱い想いを受け入れてくれ」

 真面目ぶって言うゼロだが、捉えたの手を己の股間へと誘導する。いきり立ったそれはたしかに熱を帯びていた。「仕方ないだろう? 好きな女を胸に抱いてるんだ、誰だってこうなる」と、ゼロが悪びれる様子もなく告げる。

「馬鹿……」

 溢れる涙の意味を考えれば、答えは出ているかもしれなかった。それでもは、ぐっと拳を握るとゼロの鳩尾めがけて叩きこむ。ベッドに崩れ落ちたゼロを、涙で滲んだ視界で捉える。

「ゼロの馬鹿、言わなきゃわかんないわよ!」

 ぼすっ、と枕を力いっぱい叩きつけて、はゼロの部屋を飛び出した。ニュクスには同情の眼差しを向けられながら謝罪され、ゼロには愛を囁きながら謝り倒される日々が続いて、散々だった。
 まだ、当分ゼロへの想いを口にするつもりは、ない。

けだものの睦言

(俺はいつでも準備万端……ぐはっ)