「何をしている、とどめを刺さぬか」

 ガロン王の言葉は死刑宣告に等しい。
 暗夜王国の第二王女たるカムイが、魔剣を手にしたまま立ち尽くしている。スズカゼは周囲に視線を巡らせる。カムイのきょうだいらの顔にも緊張が走ったのがわかった。
 刃を交えてわかったのは、カムイが心根の優しい人物であるということだった。手加減というわけではないが、型にはまった剣技は命を奪うためのものではないと感じた。剣先が肌に触れる瞬間に伝わる動揺、痛みを堪えるように結ばれる唇、しかし視線は真っすぐにスズカゼを見据える。

 狼狽えるばかりのカムイに対し、ガロン王は興が削がれたとばかりに鼻を鳴らした。「……愚かな」地を這うような低い呟きが落とされるとともに、ガロン王の手から放たれた魔法がこちらに向かうのがわかった。
 スズカゼは何とか衝撃を堪えるが、自分とリンカ以外の白夜兵が吹き飛ばされていた。

「……!」

 鋭く息を呑む。第二波を耐えうるかどうか、スズカゼはわからないまま、ただ態勢を整える。しかし、思わぬ光景にスズカゼは瞳を瞬いた。

「……えっ?」

 あろうことか、カムイがスズカゼとリンカを庇うようにガロン王の魔法を剣で受け止めたのだ。暗夜王国のきょうだいに動揺が広がる。なぜ、とスズカゼは疑問を浮かべると同時に、なるほどと納得もしていた。
 やはり、カムイは──


「まったく、仕方ないな」


 涼やかなボーイソプラノが聞こえた。次には、スズカゼは意識をなくしていた。







「大丈夫ですか?」

 気遣わしげな声とともに、身体を揺さぶられる。
 薄らと開けた視界に、女の顔があった。先ほどの広間で、暗夜第二王子の背後に控えていたメイドだと思い至り、スズカゼは反射的に暗器を手にしようと──女のやわい手が、スズカゼの手を押さえた。
 それほど強い力ではなかった。しかし、スズカゼはその手を払えずに、女を見つめた。

「お身体はどうです?」

 問われて、スズカゼは痛みがなければ傷もないことに気がついた。探るように女を見つめるが、気にした様子もなく女は微笑みを返して立ち上がる。

「お二人とも問題ないようです」

 そうか、と答えたのは第一王子のマークスだ。
 お二人。スズカゼはそこでようやく、すぐ傍にリンカがいることに気づいた。残ったのは二人だけか、とスズカゼはリンカと視線を交わした。

「いいか……我が妹カムイの優しさに免じ、今回だけは解放しよう。消えるがいい」

 マークスが目を閉じる。眉間に深く刻まれた皺は、彼を年齢よりも老けて見せるようだった。

「我が王の目に触れぬうちにな」

 スズカゼは黙してその言葉を聞いていたが、リンカがカっと顔を赤くして激昂する。
 マークスの隣に立つカムイが、場違いにもにっこりと笑った。その口が語るのは叶わぬ理想なのだろうか。

「早くこの戦いが終わって、あなたたちと平和に暮らせればいいと思っています」

 スズカゼは目を閉じる。そして、そんな日々を想像してみて、苦い気持ちが胸に広がる。幼い頃の過ちは、スズカゼを苛んで止まない。


 暗夜王国は、暗い。
 人目を盗むことは容易い。先導するメイドは、下女というには足音が密やかで、隠密行動が手慣れている。
 だいぶ城から離れたところで、女が足を止めた。

「……この辺りまで来れば、大丈夫かと思います」
「……」

 スズカゼは女を見下ろす。
 ここに居るのは、スズカゼとリンカ、そしてこのメイドのみである。もはや手負いではないスズカゼは、その気になればこの細い首を取ることも可能かもしれなかった。彼女には、恐怖など微塵もない様子である。

「名前を聞いても?」

 女が瞳を瞬く。そして、ふっと微笑んだ。

「また会うことがあれば、その時に」

 それではご無事で、と告げると闇に消えていく。
 スズカゼはその小さな背を見送って、故郷に帰るために地を蹴った。再びまみえることを、心のどこかで期待している自分に、スズカゼは内心で苦笑を漏らした。

ハロー・アゲイン

(またお会いできましたね、と告げるその日は)