「あの、どうかなさいましたか?」

 はじめはあれだけ嫌いだと断言していたはずだったが、意外にもすぐにレオンとタクミは仲良くなって、を含む周囲の人間はほっとしていた。だというのに、そのレオンとタクミが睨みあっている。それはまだいいとして、なぜ自分を挟んで睨みあうのだ。はレオンとタクミの顔を交互に見つめる。
 そうして、なぜか互いにそれぞれの左右の腕を掴んでいるので、はそうっとタクミの腕をほどいてレオンの傍へと身を寄せた。なにせ、はレオンに仕えるメイドである。

 レオンがほっとしたような顔をしたかと思えば、途端に勝ち誇ったように口角を上げる。「レオン様?」は首をかしげてレオンを見上げる。腕はなおも掴まれたままだ。

「フ……これでわかっただろう、タクミ王子」
「なっ……!」

 鼻で笑ったレオンに対し、タクミが絶句する。それから悔しそうに顔を歪めて「相変わらず、人を見下して……」と、はじめに顔を合わせたときにも言っていた台詞を呟く。は訳がわからないまま、その様子を見つめる。

「えっと、けんかでもなさったんですか?」

 今さら、いがみ合うこともないだろうに。レオンとタクミが顔を見合わせ、呆れたようにため息をつかれる。重なるため息に、はますます訳がわからなくなる。
 どうしてこうも息ぴったりなのに、睨みあうことがあるのだろう。

、味噌スープはしばらく作らなくていい」
「えっ……あんなに気に入っておいででしたのに。それに、」
「もちろん、タクミ王子にも作らなくていいからね」
「あ、は、はい」

 戸惑いながらも、はうなずきを返す。レオンが満足そうに笑って、タクミが唇を噛みしめる。
 この奇妙な感じはいったいなんなんだ。
 本を貸し借りしたり、レシピを教えあったり、驚くほど似ているふたりはもう親友といってもいいほど仲が良いと思っていたのだが、違うのだろうか。

、君ほんとうにそんなやつの家臣でいいのかい」

 タクミがの手を掴んだ。「そんなやつ?」と、レオンが不機嫌そうに声を上げる。

「タクミ様、おっしゃってる意味がよくわからないのですが……」
「だから……!」

 もどかしげにタクミが言い、掴まれる手にぐっと力がこもった。

「タクミ王子、その手を離すんだ。は僕のメイドだ」

 レオンが牽制するように言って、の身体を引き寄せた。タクミの手は容易く離れずに、すこしだけ引っ張られるような形になる。痛みはないが、は戸惑いをもってタクミを見やる。躊躇いがちに手が離れていった。
 タクミがすごく痛そうな顔をして、己の手のひらに視線を落とす。
 はなにか悪いことをしてしまったような気がして、レオンを振り返って見つめる。ひどく冷静な顔をして、冷ややかにタクミを見つめるレオンから、は思わず素早く視線を逸らしてしまった。

 もしかして、もしかしなくても、ふたりの不仲は自分が原因なんだろうか。
 タクミにも、のように身の回りを世話する者が必要なのだろうか。彼の直属の臣下には、たしかオボロという女性もいたはずだが、メイドや女中とはわけが違うということか。

「レオン様……」

 は不安になって、主の名を呼ぶ。
 ようやく、レオンが掴んだままだった手を解放してくれる。レオンがタクミから視線を外し、美しいかんばせに笑みをほころばせた。

「なにも心配いらないよ」

 レオンの手がやさしく頭を撫でた。「くそっ……」小さなつぶやきとともに、タクミが踵を返して走り去る。はなびく長いその髪を、見えなくなるまで見ていた。


「はい……」

 レオンの声のトーンが沈む。
 の身体はすっぽりとレオンの腕におさまって、レオンの頭が肩口に埋められる。

「ほんとうに、嫌になるくらい、タクミ王子とは似てるんだ……」

 はその頭をやさしく抱きしめて、軽く背をさする。ぎゅ、とレオンの腕の力が強まった。
 似ても似つかないように見えて、その実ふたりは、性格や言動、趣味や嗜好までも似通っている。けれど、ふたりはたしかに別人であり、にとっての主はレオンしかありえない。

「……わたしは、レオン様のお傍にいますよ」

 今も昔も、きっとこれからもずっと、はレオンとともにある。レオンがを見限らない限り、の主であり続ける。




 ふい、と視線が顔ごと逸らされ、足早にその場を去っていく後ろ姿を、は慌てて追いかけた。「タクミ様、」レオンには、タクミと話すことを禁じられたわけではない。
 腕を掴んだと思えば、思い切り振りはらわれる。
 は驚いて思わず身体を強張らせるが、振り向いたタクミの表情のほうが驚いているように見えた。

「っ……」
「お待ちください、タクミ様」
「話すことなんてない!」
「あっ」

 取り付く島もないとはこのことか。なおも追いかけようとするが、はふいにレオンの沈んだ声と腕のぬくもりを思い出して、足を止めた。タクミの馬の尾のような髪があっという間に見えなくなる。

 レオンに友だちと呼べる存在は、あまり多くない。
 王族という立場がそういったものは遠ざけてしまっていたし、美しすぎる容姿はだれもを気後れさせてしまい、また一見すると冷たいと思われてしまう性格もあって、の知る限り親友はいなかった。ほんとうは、すこし抜けたところのある可愛げのある性格だというのに、それを知る者は少ない。

 だから、タクミという友人ができて、は心底うれしかったのだ。きっと、暗夜王国のきょうだいは皆同じような気持ちだったに違いない。見るからに、レオンの様子は楽しさに溢れていた。年相応の顔をして、笑うその姿に、はほっとした。すこし、大人びすぎているところが、レオンにはある──
 もし、自分がレオンの友情の妨げになっているのだとしたら、なんとかしなければならない。
 でもどうしたらいいのかわからない。は迷いに迷って、結局同僚に相談することにした。


 ゼロとオーディンが顔を見合わせる。にや、とゼロの唇がゆがんだ。

「そりゃあまあ、レオン様も立派な男、ってことだろうなァ。今頃、ひとりで悶々としているかもしれないぜ」

 ゼロの言葉はいつも回りくどい。はオーディンへと視線を向けた。オーディンは、妙な言葉の羅列さえなければ、ずっとまともな男である。

「えーと、つまり、タクミ王子もを気に入ったってことじゃ……」

 オーディンが困ったように眉尻を下げる。ゼロが補足するように「女の趣味も同じ……くく、穴兄弟になるのもそう遠くないかもな」と続けたので、は反射的にゼロのみぞおちに膝蹴りをいれた。あわわ、とオーディンが顔を青ざめる。
 身体を折って、苦し気に顔を歪ませたゼロが、を睨む。

「おい、相談に乗ってやってるんだぞ!」
「口をすこしは謹んで」
「くっ……」
「でも、おかげで助かったわ。ふたりともありがとう」

 はにっこりと笑いかけ、杖を掲げてゼロのダメージをなくしてやる。「それじゃ」と、はさっさと踵を返す。ゼロがみぞおちを押さえながら、恨みがましい視線を送っていたが、は気づかないふりをして手を振った。






 逃げようとしたタクミの手を、今日こそはしっかりと捕まえて離さない。「おい」とか、「ちょっと」とか言うタクミを無理やり引っ張って歩く。目的の場所には、の用意したティーセットともに、レオンが待っていた。
 顔を合わせたふたりが同じように目を見開いて、気まずそうな顔をする。
 は有無を言わせず、タクミを席に座らせた。

「ちょっ……」

 慌てて腰を浮かせたタクミの肩に手を置いて、立ち上がるのを阻止する。

「ちょっと強引すぎましたかね……申し訳ありません、レオン様、タクミ様」
「……」

 ふたりは真意を探りあうように、視線を交わしている。
 はかまわずに、紅茶を淹れてふたりの前にカップを置いた。「どうぞ、お飲みください」と言えば、レオンが渋々といった様子でカップを手に取る。その仕草は、いつもながらため息が出るほど美しい所作で、それだけで絵になる。

「それで、どういうつもり?」

 レオンが不機嫌そうな声で言い、思わず目を奪われていたははっとする。タクミのほうは、レオンが紅茶を飲む様子を気難しい顔をして、じっと見ている。
 はその顔を見比べて、おもむろに口を開いた。


「タクミ様」


 の声かけに、はじかれたようにタクミが振り向く。握りしめられたままのタクミの手に、はそっと手を重ねた。びくりとタクミの肩が跳ねて、その身が強張るのを感じた。

「はっきり言っておきますが、わたしはレオン様のメイドでございます。タクミ様はそんなやつ、とおっしゃいましたが、わたしにとっては唯一無二の大切な主です」
「……そう」
「わたしのようなメイドをご所望なさらずとも、タクミ様にはすてきな家臣がいらっしゃるではございませんか」
「……うん」
「タクミ様、レオン様。どうか仲直りしてください。今のおふたりを見るのは、心苦しいですから」

 はもう一方の手を、レオンの手の上に重ねる。

「おふたりは素敵なご友人でいらっしゃいますよ」

 満面の笑みを向ける。
 レオンが毒気を抜かれたように、苦笑する。「がそこまで言うなら、仕方ないね」レオンがため息交じりに言って、タクミを見やる。

「タクミ王子、すまない。子どもじみた真似をしてしまったな」
「レオン王子……僕のほうこそ、ごめん。ないものねだりをして……ばかだな」

 は二人の手を取って、握手をさせる。「はい、では楽しいお茶会にしましょう」得意な焼き菓子のほかに、白夜の菓子も用意してみたのだ。暗夜王国や白夜王国といった隔たりは、今この場においてそのようなものは関係がない。互いに同じ目的をもって、同じ敵を目指している。
 レオンとタクミが手を取り合ったまま、視線を交わす。
 ぐっと握り合った手に不自然に力が込められたことに、は気づかない。

「……諦めたわけじゃないからな」
「へえ、どうせ無駄だと思うけどね」

 それにしても鈍感だな、と両者が内心でつぶやいたことにも、はもちろん知る由もない。

恋にライバルはつきものです

(なにもこんなところまで似なくたって)