疲れていた、ということは理由にならない。すべての仕事を終えて、気が抜けていたということもあるかもしれないが、あまりにぼんやりとしていたようだ。脱衣所で他人の着替えがあることはおろか、いまが男湯であることに気がつかなかったのだ。
は湯に足をいれてから、先客がいることを知った。「あ、すみません、どなたかいらしゃったんですね」湯気で先客がだれだかわからないまま、はとりあえず断りを入れる。ざばっ、と慌ただしく音を立てて人影が動いた。
「な……! 僕が入っているんだから、遠慮しろ!」
「えっ……」
聞き慣れた声だ──は愕然としながら、目を凝らす。まさか、と冷や汗が額に滲む。
湯気が立ち上る中で、ぼんやりとその姿が見えてくる。湯のせいかすこしだけ頬が赤いが、その美しいかんばせは怒りに歪んでおり、冷たい視線と目が合う。「れ、レオン様!」甲高い声が浴室に響いて、レオンが慌ててその口を手のひらで覆った。
「静かにしなよ……だれか来たら、どうするつもり」
はあ、と大きなため息が頭上に落ちる。はレオンの怒りと呆れを感じ、怯えながらこくりと頷く。あっさりと口元を覆う手は離れていった。
「し、失礼いたしました……」
は大きな失態を犯したことにしょんぼりと肩を落とし、くるりと踵を返す。一日の終わりの風呂を楽しみにしていたが、諦めるほか仕方がない。大人しく寝よう、と湯から上がろうとしたが、ふいにレオンの手が肩を掴んだ。むき出しの肩に、濡れたレオンの手の感触がして、ずいぶんと妙な感覚がする。
「レオン様?」
「入っていけば。僕はもう上がるから」
「え?」
は思わず耳を疑った。振り向くと、レオンのしなやかな上半身が目に入り、は慌てて前を向いた。「なに照れてるんだよ?」ふ、とレオンが鼻で笑う。たしかには再三レオンの着替えを手伝っているし、そういったことの相手をしたこともあるが、羞恥を覚えるのはなにもおかしいことではないだろう。普通ではありあない状況──いけないことをしているような気がして、をことさら緊張させる。
しかし、馬鹿にされた物言いをされては、さすがのもむっとしてしまう。
すこしの逡巡の後、は覚悟を決めて身体ごとレオンに向き合った。どうせ裸でもあるまいし、すぐに上がるというのだから、そのくらい短い間どうってことはない。
「では、お言葉に甘えて失礼しますね」
はレオンから目を逸らしながら、ちゃぷんと音を立てて、湯に肩までつかる。今日一日の疲れが吹き飛ぶような、至福がを包んだ。温泉というものをはじめて知ったとき、いたく感動したのを覚えているが、その感動は何度入っても薄れることがない。
ふと、レオンが神妙な顔をしていることに気づいて、は首をかしげる。
「レオン様、どうなさいました?」
はあ、と再びあからさまなため息が落ちる。
ぐ、と再びレオンの手がの肩を掴んだ。先ほどと違って、動きを制止するものではない。わずかに力を込められた親指が、の濡れた肌を滑った。「……!」あきらかに、なんらかの意思を持った動きに、は息をのんで身体を強張らせる。レオンの唇が弧を描いた。
「、もうちょっと危機感を覚えたほうがいいんじゃない」
その唇は耳元に近づいて、吐息とともに囁いた。びく、との肩が跳ねたのは驚きのためだけではない。
困惑を持って見つめたレオンの顔は、欲情を煽るような表情を浮かべていた。目を逸らしたくなるような獰猛さを孕んだ瞳に見つめられ、はひ、と小さな悲鳴を喉の奥で漏らした。
レオンが触れたところから熱をもって、それは全身に広がり、はかっと燃えるような感覚を覚える。王族として夜伽を学ぶ際、レオンの初めての相手をしたのはだ。最も、教えるどころか翻弄されてしまったことは、の忘れてしまいたい恥ずべき記憶の一つである。
はレオンの手から逃れるように身をよじるが、まるで意味をなさなかった。
「レオン様、お戯れはおやめください……」
は眉尻を下げる。
レオンとの夜伽はもうそれっきりで、二度目はなかった。レオン自身、必要ないと感じたのだろうし、にとってもそのほうがずっと気が楽だった。お付きのメイドとして立派な仕事の一つではあるが、あまりに荷が重い。はそういったことが得手ではない。
レオンもそれは重々承知しているはずである。なにしろ、とレオンの付き合いは長く、互いのことをよく理解している。だからこそ、はレオンの行為に戸惑う。
「っ」
肩に置かれた手が動いて、水着の肩ひもを引っ張る。反射的に竦めたの首の後ろへと手が伸びて、結び目をほどいた。「あっ、」は声を上げて、さっと両手で胸元を覆った。
「れ、レオン様、ひどいです」
「酷い? 今さらだね。僕は冷血な男だよ」
レオンが小さく笑って、の手首を掴んだ。ぐっと力を込めても、抵抗むなしく胸元はあらわにされてしまう。ふよん、と湯の浮力によって乳房が浮かぶようにして、レオンの眼前にさらされる。
は恥ずかしさにきゅっと唇を噛んだ。
「ほら、無駄な抵抗はやめなよ」
レオンが咎めるように言い、は掴まれた腕から力を抜いた。はもの言いたげに唇を動かすが、結局なにも言えずにきつく結んでレオンを見つめた。
「……いい子だね」
くす、とレオンの唇から笑みがこぼれる。それは、幼子を褒めるかのような、やさしい響きを持っていた。
伸ばされた指先が乳房に沈む。はぎゅっと目をつぶり、わずかに身を震わせた。恐ろしいわけではなかったが、ただとてつもなく緊張してしまう。
形と重みを確かめるように、手が乳房全体を包み込み、すこしばかり持ち上げるような動きをした。やわらかな脂肪の塊は、レオンの手のひらには収まりきらない。「相変わらず、大きいね」あえてそう言葉にしているのだろう。はさっと耳まで真っ赤にして、レオンの言葉を受け止める。
「さ、サイズは、あまり変わるものではありませんから」
「そうだね。は急に痩せたり太ったりもしてないしね」
レオンの冷静な声が答える。
まるで、自分ばかりが意識してしまっているようで、癪だ。
せめてもの抵抗として、は声を漏らさぬように唇をきゅっと噛みしめる。するりと肌を滑る手が、浮き出る鎖骨の凹凸をやさしく撫でる。ぞわ、とくすぐったいような、それとは別のような感覚に、はびくりと小さく肩を跳ねる。
あまりの緊張に湯で濡れた肌にじわじわと汗が浮かんでくるのを感じる。
「はここが弱いよね」
その声は耳元で聞こえ、次の瞬間には耳たぶを食まれる。「あっ……!」ちゅぷ、と湿った音とともに耳穴に舌先がねじ込まれ、は口元を押さえる余裕もなく身をよじらせては水飛沫を上げた。
「やっ、レオ……っん、は、……ああ……っ」
「声、響くね」
「っふ、あ、やあ、ん、」
ぞくぞくとした感覚が腰を溶かしていくようだった。
ほら、声抑えて。吐息とともに吹き込まれるレオンの声はどこか楽し気である。は慌てて唇を結ぶが、耳のふちを軽く噛まれてはそれもままならない。「っん、くぅ……!」くす、とかすかな笑い声ですらも、甘い痺れとなって背筋を駆け上る。
きゅ、とレオンの両の手が乳首を摘み上げる。ぱしゃん、とひと際大きな水飛沫が上がった。
「、すこし大人しくしなよ」
「……っ、でしたら、もっと、ゆっくり……」
は涙目でレオンを見上げたが、すぐに目を伏せる。白い肌を上気させたレオンの様は、とても直視できないほど色気にあふれていた。「の、のぼせてしまわれます」と、は苦し紛れのように告げた。
ふう、とレオンがひとつ息を吐く。
「そうだね。たしかに暑い」
おいで、とレオンの手が導く。湯船の縁に腰かけたレオンが目を細めた。やさしく腕を取られて、レオンの上に跨るように向き合う。レオンの手が背に回って胸元の水着を取り除いてしまう。
「腰、浮かせて」
は躊躇いながらも、レオンの言葉に従う。
濡れて張り付く水着のショーツをすこしだけずらして、の中心に直接レオンの指が触れた。途端、かくんと腰から力が抜けて、はレオンの首に腕を回して縋りついた。
「っす、みませ……」
「濡れてるね」
「っひ……!」
ぬる、とひどく滑らかに、レオンの人差し指が入り込んでくる。は体勢を整える間もなく、身体を震わせる。湯とは違う粘り気のある愛液で濡れそぼったそこを、ほぐすように指が動いて、は無意識に腰を揺らした。
いつの間にか、取り出されたレオン自身が入り口に触れる。
びくりと身体が強張る。「ゆっくり腰を落として」と、レオンの手が腰を支えながら、やさしく導く。
「ん……!」
押し開かれていく。痛みはない。腰を落としきると、ひどく奥までレオンのものが届いているのがわかった。はあ、と吐息が重なる。
「っ、れおん、さま……」
レオンの眼前で揺れる乳房に、舌先が伸びる。「ん、う、っは、あ」肌を這う舌の感触に身悶えしながら、は縋るようにレオンの頭を抱いた。ちゅう、と乳首に吸い付かれ、思わず甲高い声が上がる。
声、とレオンに短く咎められるが、にはどうすることもできそうになかった。
「ひ、や、レオンさ……ああっ、やあ……!」
ぐ、と腰を掴まれたかと思えば、下から突き上げられる。咄嗟には口元を手のひらで覆うが、動きに合わせて手がずれて、漏れる嬌声を押さえるには至らない。力の抜けた身体ではされるがまま、己の重みを乗せてしまい、奥深くまでレオンの陰茎が沈み込む。ぐ、と子宮口を押し上げられるたび、強すぎる快感に目の前が白く弾けるような感覚を覚える。
待って、と伝えようにも唇からは嬌声しか紡げない。むにゅりと尻肉をレオンの手が掴んで、ぐいぐいと突き上げてくる。
「レ、お……っあ、ひ、んんっ、ア……!」
動くたびに湯が水飛沫となって弾けて、水音をたてる。はレオンの肩に縋りつきながら、力の籠る指先が爪を立ててしまわぬようにほんのわずかに意識を向ける。ふいに、レオンの手がの頭を押さえて顔を引き寄せる。
「口、肩に当てて。噛んでもいいから」
「そ、んな……っあ、……は、」
「声、すごく響いてる。まあ、が聞かせたいっていうならいいけど」
意地の悪い言い方だ。はレオンの女性のようにきめ細かな肌へ、唇を押し当てた。「ん、」とふいに漏れたレオンの声は、ひどく艶っぽくて思わずドキリとする。
動くよ、という声が聞こえたが、はただぎゅっと目を瞑って頷くことすらできなかった。
戯れに、レオンの指先が耳の縁をなぞる。は思わず唇を離しかけて「ほんと、は耳が弱いね」と、レオンに笑われてしまう。答える余裕などないが、は頭の片隅で意地悪だと思う。
「ん、……ふ、んん……っ、ん……!」
湯気に視界を覆われていくように、思考が白く靄がかっていく。まるで、一夜を共にしたときの二の舞のように、レオンにいいようにしてやられてばかりだ。はあ、とわずかに弾んだレオンの吐息が耳に触れる。
「……」
熱っぽい声とともに、するりとうなじをレオンの指が滑る。ぎゅう、とそのまま掻き抱くようにして、抽送がより一層速まる。「っや、ひ、っあ! っん……!」思わず唇がレオンの肌から離れてしまうが、素早くレオンの唇が重なる。そのまま唇が重なったまま、は堪えきれずに達してしまう。
ひくひくと蠢く膣内から陰茎が抜かれるそれすらも刺激となって、はぴくりとつま先を跳ね上げる。思うように動かぬ身体を押さえ付けられて、どろりとした液体がの臀部を汚すのを感じた。
「、これに懲りたら間違って男湯に入るなんて真似するなよ」
はしゅんとして、レオンの言葉にうなずく。
先ほどまでのことがまるで夢か何かのように、レオンは平然としている。ばかりが羞恥を覚えながら、震える指先で着替えを手伝っているなんて、ひどく癪だ。
「……いつまでそんな顔してるのさ」
「え……」
「また襲われるよ」
「……れ、レオン様にですか?」
はびく、と肩を揺らして半歩後ずさる。くす、とその様子を見たレオンが笑みをこぼした。
「なに、僕ならいいの? ふぅん?」
「ち、ちが……レオン様、もう、意地悪なさらないでください」
ふい、と背けた顔の頬に、すかさず柔らかい感触が触れる。それがレオンの唇だと気づいて振り向いたときには、すでに主は歩き始めていた。「ほら、さっさと部屋に戻るよ」と、やはり平素と変わらぬ口ぶりでレオンが告げるので、は慌てていつものように側へと寄り添う。
自然に伸ばされたレオンの指がの手に絡みつく。驚きに身体を強張らせたを、レオンのやさしい瞳が見つめた。
いつまでも頬の熱が引かないのはのぼせたせいだからだ。はそう言い聞かせながら、レオンの隣を歩くのだった。