お互いの吐息がかかるくらいに近い距離で視線がぶつかる。雨に濡れて冷え切ってしまったはずの身体が、彼に掴まれた肩だけがひどく熱いように感じる。
鼓膜を震わせるのは、かすかな雨音だけだ。
の額に張り付いた髪の毛を、シノンの指先が払いのける。やけに慎重ぶったような、繊細な仕草だった。は小さく息を呑んで、殊更身を強張らせた。あまりに敏感な反応だった。綺麗な翡翠の瞳が可笑しそうに細められる。ふ、と形のよい唇の端を上げると、見慣れたシノンの皮肉気な笑みが完成する。
その唇が耳元に寄せられて、静かに息を吹きかけるようにして低く囁く。
「お前はおとなしく奪われりゃあいいんだよ」
は呆然とシノンを見上げる。宝石のような彼の瞳に映る己の顔は、この上なく不安げだった。「冗談、」やめて、と続けることができなかったのは、シノンが睨みを利かせたからだ。
小さな小屋の一角にふたりの姿はあった。
仕事の帰り道に突然雨に降られ、たどり着いたのがこのオンボロ小屋だ。埃まみれで、天井には蜘蛛の巣が見える。長らく人に使われていないことは明白だったが、幸い雨漏りはないようで、雨宿りには申し分がない。
少し、雨宿りができさえすればよかった。
言うなれば、蛇に睨まれた蛙のように、は怯え竦んでいた。
背には壁があり下がることはできないし、強く肩を掴まれて身じろぎすらままならない。シノンの手が、の頬を滑る。やはり、触れられた部分が熱を持つ気がした。
は必死に顔を背けるが、長い指先に顎を持ち上げられる。
──逃げられない。
失意の念が浮かび上がるとともに、恐怖心がより一層増して、身体が震えてくる。まるで、悪夢を見ているようだった。夢なら覚めてほしい、とは内心で祈る。
「シ──ん、ぅ……っ」
シノン、と名を呼ぼうとした唇は塞がれ、シノンの口内へと言葉は呑み込まれる。
こうも簡単に唇が奪われるとは思わず、は唇を結ぶことともままならない。舌先の侵入を許してしまい、慌てて舌を引っ込めるも絡め取られ、扱かれる。貪るような荒々しさを持っているが、口づけはひどく巧みだった。
の舌に絡みつくシノンのそれは、まるで何か別の生き物のように蠢き、口腔内の隅々まで舌先が這う。強張っていたはずの身体から、力が抜けていく。
はぎゅう、とシノンの服を強く握りしめ、ともすれば流されてしまいそうな気持を必死にとどめる。心まで奪われてはいけない。
薄らと開けた視界に、鮮やかな赤い髪を捉える。濡れた毛先からぽたりと雫が落ちた。
ちゅっとわざとらしく音を立てて、唇が離れていく。の顎先を伝う、どちらのものともつかぬ唾液を、シノンの舌が舐めとった。ぴくん、と意図せず肩が小さく跳ねる。
「は……ッ、はあ……シノン、」
吐き出す息が熱い。
みっともなく呼吸を荒げながら、は縋るようにシノンを見つめた。しかし、感情を読み取ることはできなかった。刺さるような強い視線がを見つめ返す。
「見とれてんじゃねぇよ」
「っちが……」
嘲るように一笑して、シノンがの衣服に指を掛ける。慣れた手つきだった。
「っ、や……!」
身を捩ってその手から逃れようと試みるが、如何せん身体に力が入らない。
は必死にかぶりを振る。
「シノン、やめて! わたし、」
「うるせぇ。黙ってろ」
「ッん!」
シノンが噛みつくような口づけで、の言葉を奪った。
水分を吸って肌に張り付いていた服が、抵抗むなしく床へと落とされる。下着から解放された胸が小さく揺れる。冷えた空気が肌に触れて、はぶるりと身震いする。
「安心しろよ。すぐに熱くなる」
にや、と歪んだ唇から、ひどく艶っぽい声が囁いた。はせめてもの抵抗として、シノンの長い髪の毛を引っ張ってやった。力があまり込められず、じゃれつくようになってしまったのは、不本意の極みである。
「ん……っ」
首筋を這うざらついた舌の感覚に、は呻くように小さく声を漏らした。時おり唇が吸いついてちくりと痛みが走るが、それを咎めていてはきりがないくらいには、すでに鬱血痕がいくつも散っていた。
ぽた、とふいに落ちるシノンの髪の水滴でさえも、冷たさと共に熱を煽ってならない。
散々首元を舐めまわした舌は、肌を這いながら下っていく。行きつく先がわかって、は息を呑む。
寒さも相まって、すでに立ち上がった乳首に舌先が触れる。びく、跳ねた身体はシノンによって壁に押し付けられ、刺激から逃れることは叶わない。
シノンの口が乳首を含み、飴玉のように舌上で転がす。ねっとりと舐めまわしては吸いつき、時おり歯が触れた。もう片方の乳房も忘れてないとばかりに、シノンの手によって思うがまま形を変えられる。
「っぁ……あ、は……ぁン……」
唇を結ぼうとしても、声が漏れ出て止めようがない。
鼻にかかったような、いやに甘ったるい声は耳につく。経験がないわけではないが、シノンと男女の関係になるだなんて、想像したこともなかった。こんな、シノンの顔を、は知らない。
「やだぁ……ッひ、……ぁ、ぅ」
ちら、とシノンが視線を上げて、口角をわずかに上げる。皮肉気でありながら、艶やかで色っぽく、そしてひどくいやらしい笑みだった。ぞわりともぞくりともつかない感覚が、背筋を這いあがる。
「案外、良い声で啼くもんだな」
「っ……」
シノンとは、それほど長い付き合いではないし、深い間柄ではない。今まで意識すらしていなかった、男と女という部分をまざまざと突き付けられたような気がして、は急にひどい羞恥に襲われる。顔から火が出るような気分だった。
唇を噛みしめて、シノンから目を逸らす。
ふいに、爪で引っ掻くように、強く乳首を弾かれる。鋭い痛みとともに、過ぎる快感が走る。
「ぁあっ……!」
の意思に反して、甲高い声が口をついて出る。目尻から、一筋の涙がこぼれ落ちた。それが官能によるものか、恐怖によるものか、にすらわからない。
くつりとシノンが喉の奥で低く笑う。そうして、頬を伝う涙を唇ですくい上げた。
「泣くほどいいかよ、ちゃん?」
シノンが楽しげに言って、顔を覗き込んでくる。は潤んだ瞳で睨みつけた。
「ふざけるのもいい加減に、」
「誰がふざけてるって? いいから大人しくしとけ」
「し、シノン、や……」
顔を背け、身を捩るが、そんなものはほとんど抵抗にならない。
かり、と鎖骨に軽く歯を立てて、小さな痛みを慰めるように舌で舐る。「う、ン」ぴく、と身体が跳ねる。肌を這う舌が、ゆっくりと下へ下へとくだっていく。臍の窪みにちゅうと吸いつき、わき腹を撫でるようにして、シノンの唇が下肢へと向かう。
「っやめて」
はかぶりを振って、足をぴたりと閉じる。シノンが小さく舌打ちをして、力ずくで無理やり足を開かされる。あ、と思う間もなく、秘部を覆う布が引きずりおろされてしまう。
ふうっと吹きかけられた息に、は身を震わせた。
自分ですら見ることのない場所を、こんなにも間近に見られている。そう思うと恥ずかしくてたまらず、はぎゅっと目を瞑った。溜まっていた涙が、火照った頬を伝い落ちていく。
「濡れてんじゃねぇか」
シノンが小さく笑い、舌先を秘部へと伸ばす。くちゅりといやらしい音を立てて、シノンの舌が侵入してくるのがわかった。は手の甲を唇に押し当てて、嬌声を堪える。
とろりと溢れ出る愛液をシノンの舌がこぼさぬようにすくい、淫猥な音を立てながら口の中へ飲み込まれていく。生まれたての小鹿のように、がくがくと足が震えた。ふいに、陰核にキスをするように唇が触れて、ちゅっと吸い上げられる。
「ひ、あァ……!」
途端、電流が流れるような感覚に襲われ、は堪えきれずにひと際大きくはしたない声を上げた。白い喉がのけ反り、背が弓なりにしなる。
「イキたいか?」
シノンの唇が秘部から離れ、問われるその吐息にすら、身体が跳ねる。ひくんと震える秘部は、の限界が近いことを教えていた。
──やめないで。
は刹那に思い、けれど言葉にできずに目を伏せた。濡れた睫毛から涙が落ちる。
「くく……やらしいなァ、」
揶揄するように、嘲るように、シノンが挑発的な物言いをするが、は言い返せない。ただ、羞恥心にぽろぽろと涙がこぼれた。
ふん、と鼻を鳴らして、シノンが再び陰核を責め立てる。執拗ともいえる愛撫に、は瞬く間に上りつめていく。
「っっ……、いやぁっ……ァああ…………っ!」
びくん、と四肢が突っ張った。秘部がの意思など無視して、きつく収縮を繰り返す。
崩れ落ちそうになったの身体を、シノンが素早く支えた。色香の滲む翡翠の瞳と視線が一瞬合わさって、唇が重なる。熱を帯びた舌が絡みつく。
口づけに翻弄されている間に、秘部に舌ではない何かが再び入り込んできて、それが指だと気付くのに数拍の時間を要した。一度達した所為で敏感になっているため、ともすればすぐにまた果ててしまいそうである。
「……っんん……ふ、ぅ………」
一本だった指が二本に増やされる。とろけそうなほどに濡れたそこは、何の抵抗もなく二本の指を受け入れた。ぐちゅぐちゅと激しく掻き回され、止まることを知らないようにあふれ出る愛液が、の太腿を伝う。
思考が溶けていくようだった。
「は、ふ……ッ」
シノンの唇が離れると同時に、指も引き抜かれた。脱力感に見まわれ、はくたりとシノンの胸板へと身体を預けた。
慰めるように、ゆるりと腰のラインをシノンの手のひらがなぞる。
「」
は緩慢な仕草で顔を上げる。「挿れるぜ」と、シノンの手がぐっと腰を掴んだ。
何を、と思う間に、シノンの猛った男根が秘部へと入り込んでくる。入り口を押し広げられるような感覚がして、けれど亀頭を呑み込んでしまえばその先はひどく滑らかに奥へと進んだ。
「あっ……!」
ずん、と貫くようにして、最奥まで届く。はぐっと背を反らした。
「し、ノン……っ、あ、っは……ァ」
「、」
呼ばれた名は存外柔らかな響きを持っており、の鼓動を速めた。
汗と涙で張り付いた髪を、指先でそっと払われる。次いで、驚くほどやさしい仕草で、目尻に口づけが落とされた。
「ァあっ……」
突き上げられるたびに、いやらしい水音が耳に響く。
「あっ、んっ……はぁ、っ……アあ……!」
何度も何度も、穿つように男根が膣内を抉って、の両足は心許なく震える。
は縋りつくように、シノンの首へ手を回した。震える指先がシノンの背に爪を立て、彼の眉をわずかにしかめさせた。
鮮やかな赤髪が視界にゆれる。
唇が荒々しく重ねられ、ときおり離れるその拍子に、は必死に彼の名を紡ぐ。速まる律動に合わせ、唇から零れる嬌声は大きくなる。頭が真っ白になり、弾けた。
「は、……っ、ん…………あァ──!」
びくびくと震える身体に向かって、白濁が放たれる。
はくたりと弛緩して、シノンに身を凭れた。荒い呼吸が重なり合い、互いがぼやけるほどの位置で視線が交わる。シノンがにやりと口元を歪めた。
「身も心もすべて、俺のモンだぜ?」
馬鹿、とは憎まれ口を叩いたが、その唇は笑みを形づくっていた。いつの間にか、雨の音は聞こえないことに気づく。シノンが気だるげにしとりと水分を含む髪をかきあげる様子を見つめていたら、小馬鹿にするように鼻で嗤われる。
「また見とれてんのか? ちゃん」
「な……」
違う、と言い切れずに、は顔を赤らめて視線を逸らす。くつくつとシノンが愉快そうに笑った。