すべらかなシーツと同じように、肌理が細かく手触りの心地よい、女性らしく丸みを帯びた肢体だった。目を凝らして指を這わして、ようやく気付くような小さな古傷がたくさんあるが、エフラムはそれを恥ずべきことだとは思わない。むしろ誇るべきことだとさえ思うのだが、にとってはそうではないらしく、いつも恥ずかしそうに肌を隠してしまう。
 白い肌を、白いシーツが覆っている。



 俯く顎を掬い上げれば、伏した目が躊躇いがちにエフラムを見上げた。
 明かりを消した部屋で、窓から差し込む月しかの姿を浮かび上がらせない。はっきりと見えないからこそ、何故だが神秘的なようにも官能的なようにも思えた。
 エフラムさま、と遠慮がちに名を呼ぶのは常と変わらないが、どこか恥じらいを含んでいるように聞こえた。

 頼りなくシーツを掴む手を捉えてしまえば、衣擦れの音を小さく立てて布は肩を落ちていく。服はすでにエフラムがすべて剥ぎとってしまった。顎に掛かるエフラムの指が、俯くことを許さなかった。

「綺麗だ」
「……そんな、エフラムさま」

 肩口から胸のふくらみにかけて、決して小さいとは言えぬ斬り傷が走る。エフラムは肩に唇を寄せて、傷跡の始まりへと口づける。痛みなどとうにないというのに、この傷に触れるたびの身体は一瞬だけ強張り、息を呑む。
 舌を這わせると、ぴくんと身体が震えて、が小さく息を吐き出した。

「ほんとうに綺麗だ。心からそう思っている」

 この傷は、身を挺してエイリークを守ってくれたが故の、いわば勲章である。
 騎士であればそれを誇りに思ったのかもしれないが、彼女は聖職者である。戦うすべを持たずに、それでもただ主を守りたくて、身を盾にするほかなかったと言うほうが正しい。

「……あ、」

 傷跡は胸へと続いている。唇が降りていくのを感じて、が声を震わせた。
 一度肌から顔を上げて、エフラムはじっとを見つめた。濡れたように、月明かりで輝く瞳がエフラムを見返した。そこに嫌悪や拒絶はない。

「エフラムさま……」

 すこしばかり上ずった声が、甘えたふうに名を呼ぶ。

「お慕いしています」

 ふ、とエフラムは吐息するように笑んだ。の身体を押し倒して、柔らかな寝台にその身を縫い付ける。覆いかぶされば月明かりが遮られたが、それでもなおの頬の赤みは目視できる。

「ああ、俺もだ」

 の手が躊躇うことなく、首に絡みついた。





 小さな音と動く気配を感じて、エフラムは薄く目を開けた。
 窓から差し込む朝日の眩しさに、思わず一度開けた瞳を閉じる。このまま再び寝入りたい気持ちを押さえ、エフラムはようやっと瞼を押し上げた。

 白い背が見えた。両膝をついて、わずかに頭を下げている。
 祈りだ、とすぐにわかった。エフラムは目を細めて、その姿を見つめる。薄い夜着だけを纏った無防備な背は、太陽で透けるように白く見えた。そこだけ空間が切り取られたような、触れられない膜で覆われているような、不思議な感覚がした。

 さながら天使か女神──あまりに似つかわしくない気障じみた言葉が脳裏に浮かんだと同時、噛み殺せない欠伸が漏れ出る。はっ、と小さく息を呑んだが振り向いた。

「申し訳ございません、エフラムさま。起こしてしまいましたか?」
「構わない。朝からいいものが見れた」

 が申し訳なさそうに眉毛を下げたまま、怒ったような照れたような困ったような、何とも言えない顔をする。
 エフラムはすこしも悪びれず、寝そべる寝台へとを招く。従順にエフラムの腕に収まったが「いつから見ていらっしゃったんですか」と、拗ねるように呟いた。普段は敬虔な聖職者らしく、落ち着いた佇まいや話し方をして大人びて見えるが、エフラムの前では年相応に表情を変える。

 恥じらいに紅潮する頬を指先で撫でれば、伏せられていた瞳がエフラムを見上げた。

「誘っているのか?」
「なっ……ち、違いますっ。もう、そうやってすぐにからかって、」

 ふ、と笑ったエフラムは、やはり悪びれることなどなくの唇を口づけで塞いでしまう。一瞬だけ強張った身体は、すぐに力を抜いてエフラムに委ねられる。
 エフラムの手が膨らみへと伸びると、が慌てた様子でその手を掴む。

「い、いけません……」
「何故だ?」
「ゼト将軍が、そろそろいらっしゃいますでしょう」

 眉間に深く皺を刻んだゼトの顔が頭に浮かぶ。「それもそうだな」と、エフラムが呟けば、がほっと息を吐いた。こうもあからさまに安堵されると、意地悪の一つもしたくなる。

「……少しくらい、許せ」

 首元に掛かる髪を払いのけ、肩口の傷跡へと唇を落とす。
 ちゅ、と小さく音を立てて吸いつき、引きつれた肌へと舌を這わせる。「や、」の唇から震える声が漏れて、エフラムに縋る手もまた細かく震える。調子に乗って再び胸元へと手を伸ばすが、やわらかな塊に触れる前にやはり制される。

「なかなか堅牢な守りだな」

 エフラムは笑って、すべらかな真白の肌から顔を上げた。の怒った顔は、熟れたトマトのように真っ赤に染まっている。警戒心をあらわに、がシーツを身体に巻き付けた。まるでサナギや蓑虫のような状態だが、彼女はいたって真剣そのものである。

「こ、こんな明るいうちから、不埒です」
「お天道様が見ている、とでも? 悪いが俺は、エイリークと違っていい子ちゃんではないんでな」

 がもう、と呆れたように漏らし、ぎゅっとシーツを握りしめた。

「まったく……だったら、暗くなったら問題はないな」
「え、エフラムさまっ」
「さて、時間か。、いつまでそうしているつもりだ?」
「きゃっ」

 エフラムは一思いにシーツを剥いでしまう。がどれだけ渾身の力を込めようと、エフラムにとってはほとんど意味をなさない。シーツを奪われたがわたわたと寝台の隅に寄った。

「いま着替えますから、見ないでください……」

 何を今さら、と思わないでもないが、エフラムは素直に背を向けた。しかし、笑いまでは押し殺すことができずに、震える肩を見たが「笑わなくったって!」と投げつけた枕は、エフラムに当たることなく床に落ちた。ますます可笑しい。
 エフラムも身なりを整えた頃、規則正しいリズムで扉がノックされた。いつもの時間よりも少し遅い訪問だったが、扉の前に控えていたことはゼトの眉間の皺が物語っていた。

「エフラム様、仲がよろしいことは大いに結構ですが、羽目を外しすぎませんようお願いいたします」

 声が廊下まで漏れておいでです、と釘をさすことを忘れない辺り、できた忠臣である。ゼトの視線がエフラムからへ移る。

、君も肝に銘じておくように」

 ゼトの小言を受けて、の顔が真っ赤になったのは言うまでもない。

夜明けのまほろば

(朝日を受けるその姿は、ひとり占め)