ふわ、と籠の中から舞い落ちた花びらが、の鼻先にくっついた。「わ、」と小さく声を上げて、が指で鼻を押さえた。セネリオはその様子を黙って見ていたが、の視線がこちらに向く前にさっと目を逸らした。
 見ていないふりをしたわけではない。ただ、恥ずかしそうに少しばかり頬を赤らめるの顔を直視するのが、何故だか憚られたのだ。

 花びらがくすぐったかったのか、いまだ鼻先に指を添えながら、が小首を傾げる。近づくをちらりと見やれば、その視線はセネリオを捉えてはいなかった。

「お花、瑞々しいですね」

 セネリオが抱える籠いっぱいの青い花は、いつまで経ってもまるで摘みたてのようである。たとえ戦闘でいくつも散らしてしまっても、気がつけば元通りに籠から溢れんばかりだ。
 召喚による何らかの力が働いているのだろう。なにせ、この花かご自体が武具となるような世界である。

 花に顔を寄せてくるので、セネリオは反射的に身を引いた。それに気づいたが目を丸くしたのち、照れくさそうに笑った。

「すみません、お花があんまり綺麗だったので」
「……そんなに花が好きなら、差し上げます」

 セネリオは無造作に花を一輪とって、に押し付けるように手渡す。

「だめですよ、そんなに手荒にしたら…」

 そう言いながら花を包むの両手は、壊れ物を扱うようにやさしい。愛の祭に参加などさせられて不本意極まりないが、これもアイクのためと思って──しかし、それ以外の気持ちが確かに存在しているような気がして、セネリオは眉をひそめる。
 たかが花ひとつに顔を綻ばせるを見ていると、言い表せない感情が沸き起こる。

 アイク以外はどうだっていい。その思いに変わりはない。
 セネリオは目を伏せる。それでいいのだ、元の世界でもこの異界でも、必要以上に他者と関わるべきではない。関わる理由もない。

「綺麗ですね。セネリオさんの手を離れても、枯れないんでしょうか?」

 の白い手に、青い花がよく映える。戦いとは無縁だったという、蛸の一つもないその小さな手は、分厚い戦術書を持つよりもずっと花のほうが似合っているように見えた。
 初めは彼女を疎んじていた。突然喚び出されて迷惑だと思っていた、いや今だって思っている。

 何故ここに留まり続けているのか。以前彼女は不思議そうに訊ねたが、そんなこと、セネリオのほうが知りたい。

「……一応、あなたの好きな物も、聞いておきましょうか」
「えっ? ど、どうしたんですか、セネリオさん」

 愛の祭は、感謝の気持ちを込めて贈り物をするらしい。それなりの格好をしているのだから、それなりの行為をしてもいいだろう。ふん、とセネリオは悪態をついた。

「何か問題でも?」
「い、いえ、そんなまさか! あっ、じゃあセネリオさんの好きなものも教えてください。贈り合いっこしませんか?」
「……いえ、特には」

 期待を込めた瞳には悪いが、どれだけ時間をかけて考えても思いつきそうになかった。嫌いなものならいくらでもあるのに、と思うと自分はなんて生きづらいのだろうとセネリオは小さくため息を吐く。
 が戸惑い、眉尻を下げる。

「セネリオさん、それでも何か贈らせてくださいね」

 の手が伸びて、遠慮がちにセネリオの手を握った。触れ合いも馴れ合いも、セネリオは望んでいない。しかし、その手を振り払う気にはなれなかった。

「……僕は、あなたが…………」

 小さな手を握り返して、引き寄せる。

「好きなのかもしれません」

 を腕に閉じ込めて、セネリオは小さく呟いた。あまりに小さな声は耳に届かなかったのか、が不思議そうにしながら、驚いた声を上げる。
 どうかしている。しかし、不思議と悪い気はしない。むしろ言葉にして認めてしまったほうが、よほど清々しい気分だった。
 ふ、と思わず笑みがこぼれた。

「えっ、セネリオさん、いま笑いましたか?」
「さあ、どうでしょう」

 がもがくように身じろぐが、セネリオは抱きしめる腕に力を込めた。

いつかこぼした言葉の続きを

(ゆるんだ頬が紅潮している自覚があるので)